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投稿者:茉莉 投稿日:2006/08/09
8月9日、午前11時2分。消防のサイレンが町中を包んだ。
庭で植木に水やりをしていた私は、手を休め、目を閉じた。 今日は「長崎・原爆の日」。61回目の祈りの夏である。 サイレンが途切れたのを合図に目を開いた。 真白の射す日差しに目眩を覚えそうになりながら、僅かに瞼を伏せ、睫毛の間から空を仰いだ。耳の奥で鳴いていたものが、蝉の声へ、近くの小川のせせらぎへと還っていくのを感じて、私は再び水やりを始めた。 今日も長崎は、抜けるような青空が広がっている。 今日という日に、皆さんに知って頂きたい人がいます。 永井隆という、長崎で活躍をした医者(医学博士)のお話です。 博士は今の長崎大学医学部で放射線物理療法の研究をしていました。 しかし、長年浴び続けてきたラジウム放射線の為に、ついに白血病と診断され、余命3年の宣告を受けます。 その二月後、長崎に原子爆弾が投下されました。 博士も爆心地より700メートルの距離にて被爆します。 重傷を負いながらも、医者として献身的に救助に当たりました。 そして、博士は原爆病の研究を始めます。…原爆病に冒された自らの身をもって。 博士は床に伏しながらも執筆活動に入りました。 焼け野が原と化した長崎の街にバラックが建ち始めた頃、浦上(うらかみ)に「如己堂(にょこどう)」という小さな庵が結ばれました。 これは聖書の一節「己の如く人を愛せよ」という言葉に由来しています。 博士はここで『長崎の鐘』『この子を残して』など多数の作品を執筆します。 それらの作品に共通するモノは原爆の悲惨さ、平和の尊さ、残して旅立たねばならない、まだ幼い愛し子への愛情が滲み出ています。 博士は、被爆して6年後に亡くなりました。享年45。 先ほどテレビを見ると、博士が作詞した『あの子』という曲が、平和祈念式典で小学生らによって合唱されていました。 博士が残した作品には、今も平和への願いと祈りが生きています。 みんなの評価 参加者:0 −−−−−
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ドッキーさんへ
ナイスタイミングでした!只今、1000件ほど前の記事のコメント付けをしているのですが「ふぅ、やっと8月9日の私の記事だ」と思っていたら31件目のコメントがあるんですよね。メールチェックをしましたら10分ほど前に「コメントお知らせメール」が入っていまして。実に良いタイミングだとテンション上がりましたよ♪ それはさておき。博士の頃は研究で被爆した状態になっているので、やはり放射線とは未知なる部分が多かったのでしょうね。原爆病も然りで御座います。日本は最初の被爆国です。戦後、アメリカも研究として患者を診たりしています。最後まで医学博士、そして平和を唱えて生きた博士は素晴らしいですね。 投稿者:茉莉 投稿日:2006/09/02
少し前の記事に時差ありで、コメントいたします。この方のお名前どこかで一度は聞いた事があったのでしょうが、記憶にありませんでした。お話を読んで、放射線にいまほどは知識もないなか、多くの方のためにご尽力つくされた博士の志を尊く思います。ご紹介ありがとうございました。それからいつもコメントありがとうございます(^o^)
投稿者:ドッキー 投稿日:2006/09/02
きんたサンへ
仰います通り、原爆は何十年、いえ、世代にわたっても苦しむ事になる恐ろしい兵器で御座います。 原爆病と戦いながらも、人々をひたすらに助けようとした博士には頭が下がりますね。2度もローマ法王から特使が派遣されたのだそうです。博士の活動は世界にも通じたことなんですよね。私達も博士の意志を受け継いでいかねばなりませんよね。 投稿者:茉莉 投稿日:2006/08/19
茉莉さんこんばんわ〜!僕は長崎にも広島にもいったことがなくて資料でしか見たことはなく原爆は最低だとしか思っていませんでしたが自分も被爆しながらも他の方たちを助けてみえる方がみえたなんてその方もほんとに凄いです!!過去だと言って忘れるのではなくちゃんと自分の子供たちに伝えていかなければいけませんね↑↑
投稿者:きんた 投稿日:2006/08/18
ドキンチャンさんへ
お久しぶりです。久々すぎて嬉しいです(笑)♪ 世の中には勉強しなければならないことが沢山ですよね。前回のドキンチャンさんの記事は良い問題提起だと思いました。日頃、あまり考える事が無いからこそ改めて考えることが出来て、良かったです。私こそ勉強になりました。有り難う御座いました。 またお時間があるとき、レオタイへ投稿されて下さいね!楽しみにしています。 投稿者:茉莉 投稿日:2006/08/17
お久しぶりです。
勉強になりました。長崎は中学校の修学旅行で、平和公園に一度行ったことがあるだけなのですが、やはり中学という低年齢のせいもあって、戦争とか原爆とか、当時は理解とか認識とかが浅く、真剣に考える時間をもたずに長崎をあとにしたなと今、思い出していました。大人になった今、勉強しなければならないことが、たくさんあるなと再認識しました。 投稿者:ドキンチャン 投稿日:2006/08/17
モッチさんへ
こんにちは、モッチさん。お久しぶりです。 「歌というのは誰もが伝えられるもの」という言葉に深く頷きました。「思い」を芸術に昇華することで理屈抜きに伝わる様になるんですよね。 確かに、原爆などの授業は子供達のトラウマになる!という問題もあるのですが、ある作家は嫌悪感さえ持ってくれればいい、と言っています。私としては嫌悪感以外にも学び取って欲しいのですけれどもね; 投稿者:茉莉 投稿日:2006/08/14
こんにちは!茉莉さん♪歌というのは誰もが伝えられるものですから、きっと永井隆さんの思いはこれからも歌われ続けることで残されるでしょうね・・!原爆については小学校から何度も授業で学び、広島と長崎は各二度ずつ訪れています・・こうゆう話にはかなり弱い私で子供心に傷ついたのも思い出してしまいました(^^;)でも確実に現実だと理解してわが子や、未来の子供たちに伝えていこうと思っています。
投稿者:モッチ 投稿日:2006/08/13
しろめサンへ
再度のコメント、有り難う御座います。 丸木美術館、丸木夫妻、という単語にピンと来なかったので(ご免なさい;)調べてみました。すると、あの『ひろしまのピカ』の作者だったのですね!ようやく思い出しました;原爆の図も。暗く濁った灰色の空気。折り重なって倒れた人々。不気味に燃える赤い炎。…これもショックを受けましたね。。。 しろめサンの高校が旅程を変えたことと、美術館への遠足が無くなったことは、恐らくは関係ある事だと思います。無関心が無関心を招く、連鎖の結果でしょう。こうして、戦争や原爆について考える機会が減っていくと どうなるのか…。そうなってしまった時、過去の過ちが繰り返される気がしてならないのです。 「見学型」より、スキーなどの「体験型」の修学旅行が子供達の思い出に残ってより良い、というのを耳にしたことがあります。見学というと、見て回るだけという感じが致しますが、そうではなく、見て、学んで、感じることで追体験が出来る、…そういったものであると私はそう思います。そして、それこそが大事ではないかと思います。 私は日本史は好きですが、戦史はなかなか学びづらいものがあります。あまり好んで見たい・知りたいとは思いません。時に「知りたくなかった事」に向き合わねばならなくなるからです。しかし、そんな事を言ってはいられないと思うのです。戦史も含め、自分の国の歴史は世界の中の日本人として知らなければならない事だと思います。 しろめサン、今までやり取りを致しましてお気づきかと思いますが、私は所詮感情論しか語れません。。。薄っぺらい脳みそで申し訳ないです。 投稿者:茉莉 投稿日:2006/08/12
茉莉さん、度々お邪魔します。
私は静岡より西には殆ど行ったことがないので、長崎を訪れたことがないのですが、広島は高校の修学旅行で行きました。その当時、埼玉の県立高校は修学旅行で本州から出てはいけない、西に行く場合は広島へ行かなければいけない、という不文律がある、とまことしやかに言われていました。真偽のほどは定かではありませんが、他の県立高校へ行った友人に広島に行かなかったヤツはいなかったので、案外真実かもしれません。修学旅行は2年生の10月、2年に進級すると同時に広島についての事前学習がみっちりありました。5月の遠足は東松山市にある「丸木美術館」へ。原爆の図で有名な丸木位里・俊夫妻はご存じですよね。あの絵を見た衝撃は今でも忘れません。教科書に載っている原爆の写真よりはるかにその悲惨さをあらわしていたと思います。そうした積み重ねがあって訪れた広島。みな粛然と頭を垂れ、厳粛な気持ちで黙祷を捧げました。 私が高校を卒業した翌年、我が母校の修学旅行は「スキー修学旅行」となりました。他の県立高校も同様です。「丸木美術館」への遠足もなくなりました。 昨年、新聞に丸木美術館が経営の危機に瀕しているとの記事が載りました。一般見学者が頭打ち、遠足で訪れる中高生の激減…私はその記事を読み、広島へ修学旅行へ行かなくなったことと無関係ではない、と思いました。中高生に戦争について学ぶ機会を与えるのは当然の事だと思います。学校でそれを学ばず、オトナになってから、自らそれを調べ学ぶ人がどれだけいるでしょうか? 茉莉さんのコメントを読んで書かずにはいられませんでした。長文ほんとうにごめんなさい。でも、茉莉さんなら、真摯に読んで下さると思いましたので… 投稿者:しろめ 投稿日:2006/08/11
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